大切だったピアノ

今でこそいろんな習い事がありますが、私が小さい頃の田舎の習い事といえば、お習字、硬筆、そろばん、それからピアノ。
何人もの友達が幼稚園からピアノを習っていて、ピラピラのお洋服を着て発表会などに出ているのを、とてもうらやましく見ていました。
私の母はとても厳しい人で、「遊びでやるんだったらお稽古はいりません」という信念のもと、私を簡単にピアノ教室にやることはしませんでした。

 

通いたいと言い続けて数年、小学校二年生になったころ、すぐ近所に新しくピアノ教室ができました。
これがチャンスとばかりに私は母に頼み込み、「毎日練習する」という約束をして、やっと夢が実現するのです。
それを決めてまもなくしてうちにピアノが届きました。

 

中古だったのよ、と大人になってから話してくれましたが、それでもとても高価なものだったと思います。
私は約束通り、毎日練習をして(時にはさぼろうとして怒られ、「やめさせないで!」と泣きながらピアノに向かったことも)、それから10年近くピアノを続けました。
音大に行くかどうかで迷い、結局音楽への道は諦めましたが、発表会やコンクール、ピアニストのコンサート、すばらしい時間をたくさん与えてくれたピアノでした。
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2年前、年上の男性と付き合っていました。
同級生や、少し年下の男性とばかり付き合ってきた自分には新鮮で、精神的に大人だし優しくて大好きでした。
あまりおしゃべりな方ではありませんでしたが、私のことを思ってくれているのは伝わってきましたし、私も同じ気持ちでした。

 

彼は学生時代に音楽をやっていて、バンドを組んでいたこともあり、音楽が大好きな人でした。
私も音楽は趣味のひとつなので、よく彼と一緒にカラオケにも行っていました。
彼は歌うのがとても上手で、私は彼の歌を聞くのが好きでした。

 

ある時、歌ってくれたのがくるりの「東京」という曲です。
その曲は、東京に出てきた人が、故郷にいるらしき「君」に会いたくなったり、電話したくなったり…という内容で、ロックなのですがどこか切なさも感じる曲です。
これが彼にとても似合っていて、私はその時初めてこの曲を知ったのですが、とても気に入ってしまいました。

 

今では私もよく車の中などで聞いています。
この彼とは1年ほど付き合いましたが、やむを得ない事情でお別れしました。
お互い嫌いで別れたわけではなかったし、当時はとても辛かったです。

 

全てを捨ててでも彼と一緒に、とも考えましたが、それはなんとか思いとどまりました。
私はカラオケが趣味でよく行くのですが、必ずこの「東京」を歌っています。
この曲を歌う度、彼を思い出すのです。

 

今はどこにいるかもわからない彼を思い、会いたくなります。
一生忘れられない人です。

 

 

 

私の思い出の曲は、B'zさんの「もう一度キスしたかった」です。
私はB'zさんが大好きなのですが、その切っ掛けになったのが、この曲が入ったアルバムだったのでした。
当時中学二年生だった私は、既にB'zさんの大ファンだった友人から、B'zさんのベストアルバム「treasure」 をプレゼントして貰って、それから毎日の様にアルバムを聞いていました。

 

その「treasure」の中に「もう一度キスしたかった」が入っていたのですが、私にプレゼントしてくれた友人がこの歌が大好きで、一緒にいるうちに私も特に好きな歌になっていたのです。
まだ中学二年生の子供にとってこの曲は、大人の切ない失恋ソングとして映っていたのですが、大人になった今聴き返すと、凄く情緒があり、繊細で、改めて名曲なのだと思い知らされます。
もしこの曲の入ったアルバムを友人がプレゼントしてくれなかったら、私はB'zの魅力に気付くのがどれだけ遅くなっていたのでしょう。

 

友人には、本当に感謝しかありません。

 

 

私の思い出の曲の一つとして、アヴリル・ラヴィーンの「complicated」があります。
私がこの曲を知ったのはまだ十代の頃で、自分と年の変わらない女の子の歌声に衝撃を受けたのを覚えています。
何故思い出の曲だと言えるのかと言うと、私が洋楽にハマった切っ掛けの曲だったからです。

 

彼女のこの曲がなければ、同時期に日本で流行ったミシェル・ブランチやステイシー・オリコ等も聴くことが無かったかも知れませんし、ビヨンセやセリーヌ・ディオン、最近ならレディ・ガガやケイティ・ペリー等、大型のアーティストに興味を持つことも無かったかも知れません。
話は戻って、アヴリル・ラヴィーンの「complicated」は、曲も歌詞も歌声も、全てが私の胸を揺さぶった曲でした。
初めてこの曲を聴いたのは、恐らくテレビの生放送で、来日していたアヴリルが歌っていた姿を見た時だったと思いますが、とてつもなくセンセーショナルな出来事でした。

 

 

 

杏里の『オリビアを聞きながら』という曲が、1番思い出に残っている曲です。
この曲は、私が大学生の時に当時好きだった女性がいて、その人が好きな曲で、私もなんとなく好きになり始めました。
当時私はその人に、何度も告白しては断られの連続で、それでも諦めなかったんですが、その人からよく言われていたのが『優しい人だけど、ごめんなさい』で、私はその人には優しい人だけにしか見えなかったみたいで、元々お節介やきで、優しさは美徳だと自分は思っていました。

 

私が何度もその人に断られているのは、周りの友達にも知られていて、友達からも彼女に説得してくれていたみたいですが、結局その人は私を彼氏として見てくれる事はありませんでした。
その時『オリビアを聞きながら』の歌詞が、あたかも彼女から言われているように聞こえ、例えば、疲れ果てたあなた私の幻を愛したのとか、夜更けの電話あなたでしょ2度と掛けてこないでとかの歌詞が、すごくリンクしていて、結局私はその人のことは諦めました。
今となっては、ほろ苦い思い出になった曲です。

 

 

 

今から約20年ほど前の話で、当時大手求人会社に勤務していたころの話です。
30代前半で課長職で会社も私の担当課も業績が良く、バリバリ仕事にはげんでいました。
当時会社はアルバイト・中途採用も盛んに行っていました。

 

ある時人事から大変美人な既婚の女性を私の課に配属しますと連絡がありましたが、私は管理職になってから社内の人間とは恋愛感情・関係は持たないと考え行動していました。
綺麗な女性でしたがメンバーの一員として対応していました。
仕事も頑張ってくれていましたが、突然ご主人の転勤で通勤時間が長くなるので退職することになり、送別会を行うことになりました。

 

本当に偶然ですが彼女の隣の席に座ることになりました。
いろいろ会話をしているとお酒を飲んでいることもあったと思いますが彼女に好意をもちました、また彼女も私に好意を持っているようでした。
少し躊躇しましたが次の日にデートの約束をしました。

 

本当に彼女が来るのか不安でしたが無事デートができ交際がスタートしました。
いわゆるダブル不倫の始まりでした。
約3年ほど交際しましたが、会えるのはほとんど土曜日でした。

 

スナックで「もう一つの土曜日」を歌い彼女が聞いてくれたことを今もいい思い出として残っています。
また「もう一つの土曜日」は今でもよく歌うお気に入りの歌です。

 

 

 

幼稚園から小学校を卒業するまでずっと近所の知り合いのところでピアノを習っていました。
当時は無理やり習わされていた感が強く、いつも行きたくないなぁと思っていましたがいざ行くと楽しくて仕方がなかった記憶があります。
でもまた次の週には行きたくないなという気持ちが強くてなんとも不思議な気持ちでした。

 

今思うとあまり練習をしていなかったので怒られるのが怖かったのかな、と思います。
一度、前にレッスンを受ける子が練習してきていないでしょうとみっちり怒られているのを見てしまったのがある意味トラウマになっていたのかもしれません。
ちなみにそのとき一切練習していなかったので本当に怖かったのですが、先週より上達していると褒められました。

 

自分で言うのもなんですが、本番に強い子だったようです。
いまではすっかり弾かなくなってしまったピアノですが、また触りたいなと思っています。
きっと指が全く動かないと思うのでまずは基礎からみっちりとはじめようとおもいます。